一時間もたっていない。最初に立ち寄った素朴な町、そこはブレッド。美しい湖と、小高い山の岸壁に立つブレッド城。日本でもよく知られているスロベニアを代表する観光名所。ブランコのルノーは町の緩やかな坂道を下り、湖の外周路に入った。それとほぼ同時に飛び出した片言の日本語が傑作だった。「ニッポンジン シロスキィ」
思わず吹き出してしまう。シロスキィなんていう名前は日本人にはいない、と言いかけたけど、ここはひとつ彼の精一杯の日本語を受け止めようと「日本人、城好き」と解釈した。
普段は団体客用の観光バスに乗ることもあるブランコだから、客やら添乗員やらにいろんな日本語を吹き込まれるのだろう。確かにそうかもしれないな。日本人は城が好きかもしれない。ましてヨーロッパの古城となればなおのこと。
ブレッドといえば、どうしても見てみたい場所が一つだけあった。旧ユーゴのカリスマ、チトーの別荘で、今はホテルになっている。チトーは数ある別荘の中でも、このブレッド湖畔のものを愛したと聞いたことがあった。この場所にこだわった理由は二つ。一つは、旧ユーゴの諸国を訪れるにあたり、チトーという人物に関心が高かったこと。もう一つは、チトーが死去した1980年。その年は僕自身の誕生年。同じ年に彼は死に、僕は生まれた。何の脈絡もないけれど、チトーはどうしても気になる人物の一人だから。実際に行ってみると、別荘はとても立派だったけど、チトーのカリスマ性を感じさせる何かがあったわけではない。それもそうか、ここは別荘なのだから。ここで心を休めながら、窓枠に綺麗に納まった城と湖を眺めながら、独自の思想を創造していったのかもしれない。しかしこれ程までに美しい景色だから余計に、その後の内戦がとても悲しい歴史であるように思えてくる。そんな角度から、ユーゴ体制そのものが、チトー個人のカリスマ性によって維持されていたという皮肉を充分に感じさせる場所でもあった。こうなってくると、いつかチトーの生地へも行ってみたいな。クロムヴェッツというのどかな田舎町らしい。
ブランコのルノーは湖畔道路でも快走を続けた。チトーの別荘からしばらく行くと、道は、ブレッド城への入り口までのしばらくの間湖からは遠ざかる。可愛らしい家が集まった小さな集落が点在していて、ほとんどの家の庭にはリンゴの木が植えられている。牧地も多く、所有者のわからない羊が要所ごとに固まっている。とてものどか。たまに視界が開ける度に、ブレッド城が見え隠れして、少しずつ近づいているのがわかる。寄っていこうと誘うブランコ。そりゃそうだ、せっかくここまで来たのだから、城から湖を一望しようじゃないか。

城からの眺めは美しかった。周辺を一望できるパノラマ。湖のエメラルドグリーン。小さく見えるオレンジ色の屋根。足元には石畳み。文句のつけようはない。ただ、ブレッドの景色で、鮮明に心に焼きついているのは、チトーの別荘からみた景色。城は住むより眺めるものか。チトーはとても贅沢な男だと思った。なんだかんだ昼下がり。オパティアまではどれくらい。先は長い。小さなルノーの陸路は続く。
つづく
Mateo=Rich

旅行に行きたい!
返信削除マテオさんのイストラ半島紀を読む度に思います。
のどかな風景、チトーへの思い。
私はチトーという人物に全く詳しくないけれど、
マテオさんが(もしくは手記の主人公が)強い興味を覚えたのがわかる気がする。
輪郭が少しずつ見えてくる。
そして、中学生の頃、
そういえば旧ユーゴの女の子とペンパルだった。
今で言うとメル友。
すごくいい子だったんだけど、
何せ英語を読むのも書くのもめんどくさくなって、
止めてしまった。
その後紛争が起こって、
彼女が今どうしているのか、知らない。
今でも時々、小さな罪悪感を生む。
そんなことを思い返しながら、
頭に広がる景色を見ていました。
しの
今回は歴史的背景があり特に知的さを感じます。あこがれます。さすが、ヨーロッパの歴史にお詳しいマテオさん。
返信削除旅をするとき、ただ美しい景色や建造物を見たいからというのも大きな理由の一つでしょうけど、その土地で過去に何があったのかを知った上でその地を訪れたときの感じ方は、また別のより深い感情を刺激しますよね。想いは時空を越えるんですよー!
「ブレッドの景色で、鮮明に心に焼きついているのは、チトーの別荘からみた景色。城は住むより眺めるものか。」
なるほど、実際そういうもんかもしれん。
いつも我々の地元で見ているあの頂上にあるお城も下から眺めている全体の風景が最高なのかもしれないですね。
「ニッポンジン シロスキィ」
ロシア人の名前っぽいですね(笑)。
MrYujician