2011年2月18日金曜日

2011.02.18 イストラ半島紀 8:スプリットの夜

8スプリットの夜

 スプリット内にブランコの友人は何人いるのか。本日二件目のブランコ関連のお店へ向かっていた。市街地にある日本人が経営するというアパートメントホテルから、北北西に伸びる通りを進んでいる。市街地を抜けると、大豪邸が並ぶ富裕層ゾーンに突入し、個人の所有とは思えない程の広大な庭が競うかのように続いている。ここまで来ると庭というより森だ。富裕層の森を過ぎると、次は生活感あふれる集合住宅ゾーンに入る。不思議に思うのはベランダがないことだ。エアコンのファンが外壁に直接くっついている。ここではエアコンの設置も命がけかもしれない。宙吊りのエアコンゾーンを抜けると、突然巨大な競技場が現れる。日本でも知られている通り、こちらではサッカーが熱い。ブランコの話では、ライバルであるザグレブのクラブチームとの試合の日は、車を乗り入れない方がいいらしい。ナンバーによっては襲われるのだろうか。この恐ろしいフーリガンゾーンの西側には、のんきなヨットハーバーがあって、それら両極端な二つのゾーンを見渡せる位置にお店はあった。お昼のお店も小さかったけれど、ここはさらに二回り程小さい。レストランというよりは、日本でいう飲み屋のイメージで、完全に地元仕様だ。入り口は両扉、奥に開くタイプ。ちょうど扉が当たらないぎりぎりの位置には、もうテーブルがある。顔を近づけないと外が見えないくらいの小窓が二つ。ボロボロのワーゲンが停まっているから景色といえば日に焼けた車の塗装が見えるだけだ。こいつはいい。こういうのを待っていたんだ。郷土料理もほどほどに、酒を飲もう。そんな風に、愉快で長い夜がはじまった。

 小さなグラスを満たしているのは自家製の酒。ラキヤという種類らしい。フレーバーにハーブを加えているのがこの店の特徴だと言っていた。やや粗めの苦みが喉の奥から鼻に向かって一気に抜けていく。これが自慢のハーブフレーバーだろうか。うまいというよりは癖になりそうな味だ。ラキヤがまだ残っているうちに、大皿が三つ運ばれてきた。もうテーブルはひじをつく余地もない。スープにはまたしても手長エビ。こんなに早く再会するとは。そして生ハムに魚介のサラダ。オリーブがいいかんじだ。いつの間にかグラスも空いている。魚介となればワインは白だ。イストラ産のワインはあるのだろうか。互いがグラスを軽く持ち上げると、夜がまたひとつ深まるのを感じた。

 テーブルには空いたボトルとグラスしかない。いつの間にやら二人はすでに深いゾーンにいる。おぼつかない足取りでカウンターへ流れ込んだのはブランコだ。自然と後に続いてハーブ入りのラキヤを再び、こいつがたまらなくうまい。今度はなんだい、メンバーが一人増えているじゃないか。知らないうちにブランコの友人が加わって三人体制。お店の切盛りはいいのだろうか。そんな心配をよそにブランコは実にシンプルに友人を紹介してくれた。マリオといって、とてもいい奴らしい。こんないい奴らと飲めて、俺は幸せだと二人に伝えた。それ以外に何を話していたかはあまり覚えていないが、マリオの風貌は忘れようがない。チャーリーブラウン。実写のチャーリーだった。小柄で小太り、口の周りをぐるっと一周髭が茂っていたのは店の雰囲気に合わせたのか、そこがチャーリーとの唯一の相違点だと言える。人数も増えてラキヤの夜は深まるばかり、もう何度目の乾杯なのかもわからない。メイン照明は消され、明かりはカウンター上の古びたランタン一つだけ。このクールな演出は誰の仕業か。当然他の客などいない。話がスプリットで水揚げされる海老の話になったとき、始まったのはブランコ劇場。老人が昔話を話すように、慌てず、どこか厳かな口調での語りだった。時は1984年。サラエボオリンピックが開催された年までさかのぼるらしい。友人のボートでアドリア海沖へ、当時巷で噂になっていた巨大海老を、ブランコが素潜りで捕獲した、という内容の完全なるフィクションだった。両手を大きく開いて、その巨大さをアピールするブランコと、それでも表現しきれない部分を、友人マリオがさらにその両手でもって補っていた姿が傑作だった。まるでスーパーマリオブラザーズ。その海老は、聖火で焼いたのだとマリオが付け加えていた。兄貴分のいいアドリブだった。フィクションがありなら、こちらはこちらででっかいことを言ってやろうと、かつての黄金の国ジパングを築き上げたのは俺の先祖だ、と吹かしてやった。そして日本人は聖火で海老を焼いたりしないこと、焼くのであれば、七輪というコンロを使うこと、そしてネタはマツタケかサンマであることを補足した。二人は声を上げて驚いてくれた。最高にいい奴らだと思った。このまま明けなければいい。そんな風に思う、愉快で長い夜だった。

つづく

Mateo=Rich

2 件のコメント:

  1. あーおいしそう・・・
    そんな飲み屋でわたしも飲みたい。ラキヤ。
    手長エビも食べたい。
    何だろうか、その疑似体験は。
    チャーリー=マリオ=ブラウンが目に浮かぶようです。

    ジパングを築き上げたのが俺の先祖なら、
    私は海賊の末裔ですよ。

    それから、
    補足として、七輪ではモチも焼くんだ、と伝えてあげて下さい。


    しの

    返信削除
  2. 良い夜でしたね。
    またマテオさんと語らいながらの夜を過ごしたいものだ。

    ジパングを築き上げたのが俺の先祖なら、私は海賊の末裔なら、
    僕の祖先は天皇の勅令で大鷲を捕らえ「鷲見」を命名されたんですよ。
    リアル過ぎ!?

    MrYujician

    返信削除